リーグ
「ICTスタートアップリーグメンバー限定NICT視察」を実施しました。

1月29日、ICTスタートアップリーグの採択者が、東京都小金井市にある国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)本部を視察しました。

今回の視察は、日本のICT研究の最前線に触れ、スタートアップが持つアジリティとNICTが保有する「技術シーズ・データ・検証環境」を掛け合わせることで、新たなイノベーションの創出や将来的なコラボレーションの可能性を探ることを目的に開催されました。

当日は、NICTが注力する重点分野ごとに専門家が解説。参加者は広大な施設内を移動しながら、実際に稼働している研究室の様子や、最先端の技術が詰まった実機・模型(発明品)を間近に見学しました。各テーマ15分程度という限られた時間の中で、実際の設備やデモ画面を用いながら技術の勘所とビジネス活用の可能性が解説され、最先端の知見に触れる機会となりました。

NICT概要説明:ICT研究のナショナルセンターとして

NICT概要説明

まずは経営企画部の梶プラニングマネージャーより、NICTの組織概要および本視察の全体方針について説明が行われました。

NICTは、ICT分野を専門とする国内唯一の公的研究機関として、職員数約1,500名、年間予算約300億円(運営費交付金)の規模を有します。加えて、総額2,000億円規模の革新的情報通信技術(Beyond 5G(6G))基金事業による「情報通信研究開発基金」の配分機関としての役割も担っています。

現在は第5期中長期計画の最終年度にあたり、「量子」「AI」「Beyond 5G」「サイバーセキュリティ」等の国家戦略に基づく重点分野の研究開発を推進しています。

本視察においては、単なる施設紹介にとどまらず、スタートアップとの共創を見据えた具体的な「技術シーズ」の提示に重点を置いている旨が強調されました。

理事長あいさつ:スタートアップとの共創への期待

理事長あいさつ

各研究所への視察を前に、NICTの徳田英幸理事長が登壇し、参加者へ歓迎の挨拶を行いました。

徳田理事長は、NICTが担う「先端的なICT研究」「公的サービス(日本標準時、サイバー演習など)」「資金配分機関(ファンディング)」という3つの役割を紹介。特にファンディング機能については、総額2,000億円規模の基金を活用し、大企業だけでなくスタートアップからの挑戦的な提案を求めていると強調しました。また、量子技術における通信・センシングの重要性や人材育成プログラムについても触れ、NICTのリソースを積極的に活用してほしいと呼びかけました。

最後に徳田理事長は、「スタートアップの皆さんには、ぜひ我々の技術シーズとご自身のビジネスをクロスさせ、化学反応を起こしてほしい」と、将来的なコラボレーションへの強い期待を込めたエールを送りました。

量子暗号通信技術:理論上解読不可能な究極のセキュリティ

量子暗号通信技術

2030年頃の実用化が予測される量子コンピュータ。その圧倒的な計算能力は、現在の暗号技術を無力化する脅威となり得ます。量子ICT協創センターの加藤イニシアティブ長は、「理論上解読不可能な究極の通信」としての量子暗号技術(QKD)の重要性を説きました。

「量子暗号は『ワンタイムパッド』という手法を用い、通信のたびに使い捨ての乱数鍵を配送することで安全性を担保します」と解説。NICTは東京圏に「東京QKDネットワーク」を構築し、長期運用試験を行っています。

本視察では、実際にこのネットワークが運用されている現場も特別に公開されました。撮影が一切禁止された厳重な管理区域内では、リアルタイムで暗号鍵が生成・配送され、ネットワークが稼働している様子をモニター越しに確認することができました。

さらに、量子鍵でデータを分散保管する「量子セキュアクラウド」により、医療データなどの機密情報を長期間安全に保存する構想も紹介されました。

参加者からの「盗聴された場合はどうなるのか」という鋭い質問には、「盗聴(観測)されると量子の状態が必ず変化し、エラー率が上がるため検知可能です。その際は、漏れた情報量分を圧縮して無効化(秘匿性増幅)するか、鍵自体を破棄します」と、物理法則に基づいた堅牢なセキュリティの仕組みが説明されました。

サイバーセキュリティ:「観測・分析・対策」の最前線

サイバーセキュリティ

サイバーセキュリティネクサス(CYNEX)の安田室長は、「日本はサイバーセキュリティ製品の多くを海外に依存しており、自給率の低さが課題です」と攻撃観測から人材育成までを包括する多角的な防衛戦略について語りました。

NICTの大規模観測網「NICTER(ニクター)」では、約30万の未使用IPアドレス(ダークネット)に届くパケットをリアルタイムで分析しており、2024年には約13秒に1回の頻度で攻撃関連通信を検知しているという衝撃的なデータが示されました。近年は攻撃の前段階として、WebカメラやIoT機器の脆弱性を探る「調査スキャン」が急増しているといいます。

また、脆弱なIoT機器の利用者に注意喚起を行う「NOTICEプロジェクト」や、実践的な人材育成プログラム「SecHack365」など、技術開発にとどまらない活動も展開。「ランサムウェア被害は予測できないのか」という問いに対し、安田室長は「流行のトレンドは予測可能ですが、『誰がいつ被害に遭うか』までは予測困難。だからこそ、組織全体のリテラシー向上と、侵入を前提としたシステム設計が不可欠です」と強調しました。

生成AI:日本独自のLLM開発への挑戦

生成AI

データ駆動知能システム研究センターの大竹センター長が強調したのは、日本語に特化したLLMを自国で持つことの意義です。「海外製LLMに依存すると、日本の文化やアイデンティティが守れない可能性がある」と危惧します。

主要なLLMの学習データは英語が中心であり、その出力には日本の習慣や歴史、文化等が十分に反映されないリスクがあります。一方、NICTは、過去15年以上にわたり収集した約700億ページ以上の日本語Webデータを保有しており、これは海外製LLMがその学習に用いるCommon Crawlというデータセットに含まれる日本語データの約5倍に相当します。この膨大なデータを基に、高品質な学習データを構築し、最大3,110億パラメータをはじめとした多数のLLMを構築してきています。

また、LLMのハルシネーション(幻覚)対策として、LLMが出力したテキストに対してWeb情報を検索し、テキストの根拠やテキストに矛盾する内容を発見可能なアプリケーションを容易に構築できるソフトウェアプラットフォーム「WISDOM- LLM」も紹介されました。「日本語データ中心の学習がコーディング能力に与える影響」についての質疑では、「コーディングにおいては、プログラムコードそのものや関連する多様な知識が求められる場合が多く、英語等のデータも混ぜて学習させた方がコーディング能力上は有利と考えられる」といった、開発現場ならではの知見が共有されました。

テストベッド(DCCS):データ中心型開発の実験場

テストベッド

アイデアを形にし、社会実装を加速させるための実験場、それが「テストベッド」です。総合テストベッド研究開発推進センターの藤井研究マネージャーは、NICTの研究成果やデータをWeb API経由で手軽に利用できるクラウド基盤「DCCS(Data Centric Cloud Service)」の活用を呼びかけました。

DCCSでは、AIを用いた環境データなどの予測分析機能、高精度な多言語音声翻訳、気象情報や3D都市モデル(PLATEAU)と組み合わせて利用可能な地理情報、宇宙天気情報などが提供されています。これらは主に非商用の研究開発目的であれば無償で利用可能であり、実用化段階ではライセンス契約を結ぶことで商用展開への道も開かれています。

藤井マネージャーは、日本橋のイノベーションセンターに設置予定の「デジタルツイン連携基盤」を用いたドライブシミュレーターのデモアプリ開発などを例に挙げ、「スタートアップの皆さんのPoC(概念実証)環境として、ぜひ使い倒してほしい」と訴えました。

リモートセンシング:見えないものを見る技術

リモートセンシング

突発的なゲリラ豪雨や線状降水帯など、激甚化する気象災害に対し、電波と光で見えない予兆を捉える――。電磁波研究所の青木主任研究員は、世界最高レベルの観測性能を持つセンシング技術について解説しました。

従来の気象レーダーが5分間隔で雨雲の粗い立体構造を観測するのに対し、NICTの「フェーズドアレイ気象レーダー」は30秒間隔で雨雲の立体構造を詳細にスキャンし、積乱雲の急発達を捉えます。さらに、雨粒ができる前の「水蒸気」や「風」の動きをレーザーで可視化する「水蒸気差分吸収ドップラーライダー」技術を組み合わせることで、豪雨発生前の段階からの予測実現を目指しています。

参加者からは「津波の予兆検知は可能か」「山間部での電源確保は」といった実用面での質問が相次ぎ、災害対策のみならず、ドローン運航や洋上風力発電(風況観測)など、ビジネスへの応用可能性についても活発な議論が交わされました。

宇宙天気予報:太陽活動から社会インフラを守る

宇宙天気予報

参加者たちはNICT内にある宇宙天気予報センターへ移動。電磁波研究所の西塚主任研究員から、自らが描いた宇宙天気予報のイラストが入ったクリアファイルをプレゼントされ、会場は和やかな雰囲気に包まれました。

しかし、説明が始まると空気は一変。「太陽フレアの爆発は、通信障害やGPS誤差など、現代の社会インフラに甚大な被害をもたらすリスクがあります」と西塚主任研究員は切り出し、太陽活動の極大期を迎える今こそ重要な「宇宙天気予報」の最前線を紹介しました。

太陽フレアによって放出されるX線や高エネルギー粒子は、無線通信の途絶や人工衛星の故障、さらには大規模停電を引き起こす可能性があります。NICTでは24時間体制で太陽を監視し、AIとシミュレーションを駆使してフレアの発生や影響範囲を予測、航空会社や通信事業者へ情報を配信しています。

西塚研究員自身も、研究成果を社会実装するためにNICT認定ベンチャーを立ち上げた起業家の一人。技術的な質疑応答に加え、研究者と起業家、双方の視点から意見交換が行われ、参加者にとっても刺激的なセッションとなりました。

地域連携および技術シーズ集:地方から世界へ

地域連携および技術シーズ集

NICTの技術を社会に届けるための連携窓口として、ソーシャルイノベーションユニットの宗宮オフィス長が登壇しました。

宗宮オフィス長は、地域課題解決型の実証研究事例として、AI画像解析を活用した「ひよこのオスメス鑑定」や、位置データを用いた観光施策立案システムなどを紹介。「NICTには約70種類の技術シーズがあります。ぜひこれらを活用し、ビジネスにつなげてください」と、地域連携や技術移転の可能性について熱く語りました。

B5G基金および出資関係:大規模資金支援と出資スキーム

B5G基金および出資関係

資金面でのスタートアップ支援について、2名の担当者から説明がありました。

オープンイノベーション推進本部の宇津木シニアマネージャーは、総額2,000億円規模の革新的情報通信技術(Beyond 5G(6G))基金事業による「情報通信研究開発基金」について説明。「スタートアップも応募可能な公募型研究開発制度であり、要素技術の確立から製品化・運用手前まで幅広いフェーズを支援しています」と、その積極的な活用を促しました。

続いて岩爪室長 が、NICT技術を活用するベンチャー企業への出資制度について説明。「金額規模は大きくありませんが、国立研究機関が株主になることによる信用力の向上、いわゆる『呼び水効果』が期待できます」と、資金面だけでなく信用面でのメリットをアピールしました。

意見交換会(交流会):熱気あふれるネットワーキング

意見交換会(交流会)

全プログラム終了後、NICTの登壇者(講演者)とICTスタートアップリーグの採択メンバーによる意見交換会(交流会)が開催されました。

会場の各所で活発な名刺交換が行われ、講演内容についてのさらに踏み込んだ技術的な質問や、自社事業とNICTの技術シーズをどのように組み合わせられるかといった具体的な相談が熱心に交わされました。

最先端の技術シーズを持つNICTと、それをビジネスとして展開するスタートアップ。両者が交わることで生まれるシナジーへの期待が高まる中、盛況のうちに視察は幕を閉じました。

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