〜グローバル市場への視座を高める「第7回スタートアップリーグアカデミー」をレポート〜
第7回スタートアップリーグアカデミーが、12月9日に都内で開催されました。
事務局から当日の流れについて説明があった後、採択者の皆さんから一言ずつ挨拶が行なわれ、セッションへと移りました。
■トークセッション「海外展開戦略の基礎」
今回のセッションは、運営会合メンバーである小田嶋アレックス太輔氏が講演。小田嶋氏が日本代表を務め、これまでに2,000社以上のスタートアップの海外展開事例を支援したStart2 Groupの知見や、自身が直接関わってきた約200社の国際展開支援の経験から、海外展開の意義や戦略の基本的な考え方について講演を行ないました。
日本のGDPは世界全体の約4%であり、これは日本国内における埼玉県などに当たります。よって「日本だけでビジネスをするということは、日本国内で埼玉でしかビジネスをやらないというのと同様の規模感」と小田嶋氏は解説します。スタートアップが大きな成長を目指す際は海外市場が不可欠で、日本で事業を完結させることには限界があります。そのため、「海外進出は“拡大戦略”ではなく“生存戦略”であることを認識してください」。
Point 1:海外展開で得られる4つの要素
小田嶋氏は、海外に展開する上で得られるもの・見るべきものは市場だけでなく、人材、技術、資本を加えた4つであると解説。特に大事なのが人材で、「海外の方がチャレンジャー精神や特定スキルを持ち、スタートアップ志向がある優秀な人材が多い傾向にあります。また“日本国内で働ける”こと自体が人材を引き寄せる強みになっているので、その価値を生かして獲得を意識すべきでしょう」。さらに、海外とのスタートアップ同士のコラボレーションやオープンイノベーションで技術を取り入れることにもつながります。
Point 2:「行けるか」ではなく「求められるか」で選ぶ
事業展開する国や市場を選ぶ際に、考えるべき事項は大きく二つに分けられます。一つは製造ラインや規制、関税、現地パートナーの有無などの提供者側の準備で対応可能な事項。もう一つは現地に支払能力のある顧客が存在するか、自社のバリュープロポジションが通用するかといったデマンド側の事項。しかし、多くの起業家は日本国内での成功体験からデマンド側を軽視し、行きやすさや規制の緩さを優先しがちです。「本当に重視すべきは、現地でニーズが存在するかどうか。まずニーズを厳密に検証し、確認できればたとえ準備が大変でも進出を決める。ニーズがない場合は、行きやすさに流されない判断をすることが重要」と小田嶋氏は助言しました。
Point 3:課題とValue Propositionを正しく理解する
ニーズを検証する際は、コンテキストと課題を混同せず、現地でのヒアリングを通じて課題の本質を掘り下げ、解像度を上げることが大切。「次に自社ソリューションのベネフィット(提供価値) 明確に示し、それをアドプションハードル(受容の障壁)で割って現地事情と照らし合わせ、真のバリュープロポジションを算出する」という流れを、小田嶋氏は推奨します。こうしたプロセスにより、自社のソリューションというパーツが、現地のニーズという「穴」にきちんとはまるかどうかを冷静に判断することができ、無理に押し込もうとしてソリューションが歪む事態を避けられます。
Point 4:最適な市場を見極め集中する
漠然と「海外」に出るのではなく、国や地域、さらには産業ごとに高い解像度でターゲットを絞ることが重要。例えば同じドイツでもハンブルクとベルリンでは市場性格が大きく異なります。そのため、単に国単位ではなく 「国・地域×産業」のマトリックスで、自社ソリューションが最も適合する場所を慎重に選定すべきです。また、機会損失への恐怖に流されて次々と市場を追いかけるのではなく、まず足がかりとなる市場を見定めて、そこに集中して確実に開拓すること。小田嶋氏は経験上、「特に資金やリソースが限られるスタートアップは、業界を絞ってコミットすることで勝率が上がります」と話しました。
Point 5:海外VCからの資金調達の課題と対策
海外からの資金調達は日本と比べて桁違いに市場規模が大きく、ヨーロッパや東南アジアではファミリーオフィスや PE(プライベートエクイティ)が存在しています。特にファミリーオフィスについてはスタートアップに積極的に投資し、短期的な回収サイクルに縛られない長期的な支援が期待できます。しかし、海外VC やファミリーオフィスなどの海外投資家にとって、日本のスタートアップは、英語版ウェブサイトの不足などによる情報の見えにくさや規模の小ささ、基本的にIPOのみという出口戦略の限定、会計基準や高い税率など制度面の違いから、投資障壁が高い状態になっています。小田嶋氏は、真剣に海外調達を目指すならば、「英語での広報、日本以外の市場への進出、国際会計基準への対応、アメリカでの登記など、グローバル企業としての体制を整えることが必要」と結論づけました。
まとめ
セッション終盤には、採択者から「どのような日本のスタートアップが海外展開で成功しているか?」との質問が上がりました。これに対し小田嶋氏は、第一条件に他社が真似できないユニークな技術力を挙げ、「特にハードウェアやディープテックのような模倣困難な領域では、海外でも需要があると考えられます」。さらに、「起業家の圧倒的なパッションとフルコミットも、周囲の予想を覆して成功の機会をつかむ重要なファクターになります」と回答しました。
そして、海外進出のステップとして大事なのは、まず「行けるか」ではなく「求められているか」を見極め、ニーズがあるかどうか判断すること。そのために課題とバリュープロポジションを正確に把握し、参入のハードルも考慮に入れた上で最も適した市場を選んで、そこに集中することが必要不可欠であると総括しました。
■バリューアップセッション
株式会社EfficiNet X:汎用型マルチエージェント深層強化学習ライブラリの開発
1人目の登壇者は、株式会社EfficiNet X代表取締役の中村紳太郎氏です。
事業概要と挑戦:
チームプレーができるAIを研究・開発し、チームで協力して目標を達成する能力をAIに搭載することを目指しています。AIのチームプレーは社会の変革を促し、ロボット同士やロボットと人間が協調して複雑なタスクを遂行することが重要になります。防衛や都市のエネルギー管理、建設、宇宙、農業など多様な領域で応用され、例えばロボットの行動時刻や位置の調整、街全体での電力需要の上下制御といった具体的な運用が求められます。
現在進行中のプロジェクトは、さまざまな業界の技術者が利用できるように設計されたマルチエージェントAIのライブラリのオープンソース化。全社規模の意思決定支援プロジェクトで、「製品Aを何個生産すべきか」といった大きな受注や生産判断に関する問いに対し、複数のAIが協調して回答を示す仕組みの開発。分散配置されたトラック、ドローン、ロボットによる物流を想定したフィジカルインタフェース(物理的な接触や操作を伴うインターフェース)を国内大手メーカーと共同開発中。
5年後のビジョンとしては、ヒューマノイドロボットや無人機の制御などハードウェアとの連携開発を想定。業界を絞らず汎用的なプラットフォームとして展開する他、大企業のR&D部門との連携も重視します。また現在、将来のCTO候補となる技術者の採用が急務であり、AI開発に精通した年齢の近い人材を探しています。
有識者からの金言:
オンライン参加の運営会合メンバーである奥⽥浩美氏(株式会社ウィズグループ 代表取締役)は、まず示すべきことはプロジェクトの「登る山=目標」を一本化することであり、研究特化型で走るのか、スタートアップ志向で社会の「不(不便や不満などの課題)」を解決するのかをはっきりさせるべきと指摘。「その選択によって求める人材も運営方針も異なります。中途半端なスタンスを避けることで、同じ志を持つ仲間を引き寄せやすくなり、資金調達や事業化の方向性も定まるでしょう」とアドバイス。
続けて奥田氏から「あなたが目指す風景ってどんなものですか?」と問われた中村氏は、ドラえもんのように情緒と協力性を持つAIロボットの世界を理想としており、「ロボット同士の関係は人間社会と同様に整然とした状態とカオスな状態の双方を包含し、物理空間に多くのロボットが存在してチームプレーをする未来像を描いています」と説明しました。
選考評価委員の小林寛幸氏(デロイト トーマツ ディープスクエア株式会社 代表取締役社長)は、過疎地域での活用に特に期待したいとコメント。「私の出身地である長野県などの田舎では路線バスや配送が減少して高齢者が町へ出るのが難しくなっているため、地域向けのAIやエージェントを導入することで、移動や物流の課題がかなり解消されると考えられます。各地域に適したAIが人々の個性や好みに合わせて使われれば、住民も興味を持ちポジティブに受け入れるのではないか」と言及しました。
運営会合長の福田正氏は、改めてこのバリューアップセッションの意義を説明しました。「ここは単なるピッチや評論の場ではなく、具体的に事業の価値を上げるための実務的な支援を目指しています。評価や批評で終わらせず、実際のプログラムやプロトタイプ、設計図を共有してもらい、それを元に具体的な改良や事業展開の方策を示すことを重視しているのです」。その上で、採択者に対しては「売ってほしいのか、プログラムを改修してほしいのか、それとも市場導入の支援がほしいのか。何をしてほしいのかを明確に問いかけること」、支援者には「実現可能なアクションに落とし込める情報、すなわちアルゴリズムや試作品の現状や用途の想定を提示してもらうこと」を求めました。
株式会社tayori:エンディング支援サービス「tayorie」のPoC開発
2人目の登壇者は、株式会社tayori代表取締役の直林実咲氏です。
事業概要と挑戦:
「tayorie」は、突然の死別を経験した直林氏の実体験から生まれた終活支援サービスです。残された人たちが直面する二つの課題、「日常の何気ない記憶や思い出が手元にない」精神面の負担と「故人の意向や銀行・資産などの情報が不足している」実務的な負担を解決することを目指して開発されました。ところが、終活をしたい人は多数存在するものの、実行している人はわずか8%。エンディングノートや終活アプリ、遺言書などの従来の終活ツールでは普及が進まないという現状があります。
そこで、サービスの内容・形式をピボット。メッセージをそれまでの手紙形式から、X(旧Twitter)風の短文つぶやき形式に変更。自動でメッセージをまとめる仕組みにし、ユーザーが送付タイミングを選ぶ流れにした結果、作成率が約25%から60%超へ大幅に向上しました。さらにターゲットを「もしもの時に何かを残しておきたい人」から、幼い子どもの親など「日々の小さな幸せや出来事を残しておきたい人」へターゲットを移行。現在のユーザー数は、20〜30代の女性を中心に約5,000人を数えます。
現在は保険会社へのOEM提供でマネタイズをする方向で動いていますが、ピボット前のサービスの方向性上、想定していたエンディング領域での展開が停滞。今後はエンディング領域だけにとらわれず、幅広いライフイベントにまつわる業界などのパートナー候補との協業の可能性や直接、顧客と接点を持つ新たな収益チャネルの検討が必要であり、このバリューアップセッションでビジネスモデルの再検討に関する率直なフィードバックを求めています。
有識者からの金言:
奥田氏は終活について、「日本では“子どもに迷惑をかけたくない”という発想が起点になりがちですが、本来は前の世代から受け継いだ良いものを次に渡していく意味が強い。終活は単に閉じることではなく、次世代に翼を与える行為だと考えています」との見解を示しました。これを受けて直林氏は「“迷惑をかけないため”の情報面と“次につなげる”感情面の両方が重要だと感じているが、どちらを優先して浸透させるべきか試行錯誤を続けています」と打ち明けました。
福田氏は、マッチングや保険、ペット医療、エンタメ、記憶の保存、旅行関連など多様な課題領域に共通するアプローチを例示。「まずは単純で効果的なコア機能を設定し、AIや既存サービスとの連携を通じてユーザー体験を自動化・最適化。必要に応じて特許やライセンス、外部パートナーとの協業でスケールさせる」という方法を勧めました。
小林氏は「プレゼンテーションの着眼点は素晴らしく、カスタマーの反応は良いでしょう」と評価しました。その一方、ユーザー視点から見ると保険を契約する瞬間が関心のピークになり、その後は日常的な意識が薄れるため、「ピーク時のモメンタムをうまく取り出して、重要な行動につなげる工夫が必要」と指摘。「写真や課金データなど消えたくない資産を理由に継続を促す仕組みを作れば、利用を完全に維持するのではなく、子どもの誕生などの重要な節目で確実に戻ってくる場にできる」と述べました。
選考評価委員の松田信之氏(株式会社Booster Knob代表取締役)は、「終活という言葉自体に縛られずに本質的に何をしたいのかをフラットに見直し、残すべきものや受け取る側のニーズから再構築することが重要だ」と主張。自分の思いを残したい本人と遺族の受け取りたいものが必ずしも一致はしないため、そのずれをどう扱うかがサービス設計上の大きな課題と捉え、「特定のペルソナに合わせたシンプルな機能でまず成立させ、別途異なるニーズに応じた別アプリや展開を作る方が有効」と助言しました。
選考評価委員の灰田俊也氏(IACEトラベル 取締役専務執行役員)は、tayorieがテキストベースであることに着目。「将来的には写真や動画、音声を付加する可能性を視野に入れつつも、言語でしか伝えられない個人の思いや詳細をテキストで記録することはポイントの一つだと思います」。終活に代表されるような長期的なライフイベントや、若い世代の将来の出来事をどう文字に残すかといった課題に対しては、「テキストを基本としながら言葉でまとめて、アプリ等で記録する仕組みを考えてみては」とアドバイスしました。
運営会合メンバーの佐々木喜徳氏(株式会社ガイアックス執行役員)は、保険会社との関係がPoC(概念実証)的にうまく機能している現状を評価しつつ、「現プロダクトに固執せずに、その環境を使ってユーザーに本当に刺さる形に磨き上げ、必要ならばカスタマー層を変えることも検討して、得られた実績をもとに新たなビジネスモデルへ移行すべき」と提案しました。
■イベント総括
アカデミーの締めくくりは、毎回大好評の交流会です。採択者と支援者が一対一でじっくりと話し込んだり、数人が輪になって活発に意見を交わしたり、思い思いの形でコミュニケーションが取られていました。
限られた時間内でも核心的な内容は全て凝縮して伝えられたという小田嶋氏。採択者に向けて自身が関わる支援プログラムについて紹介しました。「シンガポール、インド、中国、韓国への進出支援を最適化するために、各国向けの検証プログラムを来年に4回実施します。参加事業者には市場の適合性を確認してもらい、適切であればそれを起点に本格的な展開を進めるという計画です。この4カ国への進出を考えている人はぜひ参加してみてください」。
株式会社EfficiNet Xの中村氏は、「現状で課題は何かしらあると思うんですが、自分の中では明確に把握できていなくて。また、チームプレーができるAIについてはあまり認知されていないため、今回はまず広く知ってもらうことに重きを置いて、バリューアップセッションの趣旨からは少し外れてしまいました。それでも、質問をたくさんしていただけて大変ありがたかったです」と振り返りました。
株式会社tayoriの直林氏は「普通のピッチとは全然違って、現状をより良くするにはどうすればよいかを皆さんで一緒に考える雰囲気を感じられたことが、すごくうれしかったです。そういう場でいただいた意見だからこそスッと入ってきましたし、それを無駄にしないように、しっかりと学びを生かそうという前向きな気持ちになれたことが最も良かったと思います」と成果を語りました。
そして、福田氏からは「次回以降は、より実践的なゲストや企業担当者を招く予定」との告知がありました。アカデミーはいよいよ、世界展開や市場化に向けた具体的な手段が提示されるフェーズへと進んでいきます。