〜ゲストに名古屋証券取引所を迎えた「第6回スタートアップリーグアカデミー」をレポート〜
第6回スタートアップリーグアカデミーが、11月26日に都内で開催されました。
会に先立ち、運営会合長の福田正氏は、アカデミーの月2回という高頻度開催により参加者数が増加傾向にあることや、企業間のマッチング成果が創出され始めているという経過を報告しました。また、総務省から前向きな見通しが示され、プロジェクトの順調な進展が確認されました。
続いて紹介された総務省の野間邦夫氏は、「我々も皆さんの期待の高まりをしっかりと受け止めておりますので、今後とも支援に尽力して参ります」と述べ、参加者を激励しました。
■トークセッション「東証グロース以外のイグジット戦略」
今回のトークセッションでは、株式会社名古屋証券取引所(以下、名証) の山田純史氏をゲストに迎え、運営会合の佐々木喜徳氏(株式会社ガイアックス執行役員)がモデレーターを務めました。
スタートアップスタジオ事業に携わる佐々木氏は、アイデア段階から伴走して起業を支援し、一部投資を行った上でベンチャーキャピタルへつないで事業の成長を後押ししています。セッションの冒頭、佐々木氏は今回のテーマ設定の趣旨について次のように説明しました。
同社がこれまで投資してきた70数社のうち、IPOに至ったのは5社にとどまります。「最近の東証グロース市場の状況もあり、イグジットが非常に難しくなってきました。そのため、我々投資家や支援者も従来の東証グロース一辺倒の出口戦略だけではリターン確保が厳しいと考えるようになりました」。今後はイグジットの多様性が重要になることから、東証とは別の証券取引所についても理解を深めてほしいと期待を寄せました。
ゲストの山田氏は「上場推進起業サポートグループ」の責任者として、企業の上場促進に加え、IR支援や採用支援など上場後のサポートにも携わっています。資金調達だけでなく、人材採用を目的として上場を目指す企業にも対応しています。名証は、国内4カ所の証券取引所のうち、東証を除いた札幌、福岡と並ぶ地方証券取引所の一つです。山田氏はその特徴やコンセプト、取り組みなどについて、質疑応答を交えながら分かりやすく解説しました。
Point 1:名古屋証券取引所の特徴
・地域制限なし:2000年にエリア制限を撤廃し、全国の企業が上場可能
・個人投資家重視:2022年4月の市場再編で、個人投資家を重視する市場として明確化
・上場実績:東海3県外からの上場企業が圧倒的多数を占める
札幌と福岡には新興市場が存在しますが、上場にはエリア制限が設けられており、北海道や九州にゆかりのある企業が対象と明記されています。それに対して「名証のネクスト市場は地域的な縛りがなく、名古屋に関係のない企業でも上場できる点が大きな違いです」と山田氏は強調します。また、海外機関投資家が中心となる東証とは異なり、個人投資家の比率が非常に高いのも特徴です。
Point 2:上場事例
・株式会社ASNOVA:上場時の時価総額25億1,000万円から90億円に成長後、東証グロースに移行
・株式会社QLSホールディングス:同14億3,900万円から70億円に成長後、東証グロースと重複上場を果たす
・ウリドキ株式会社:高成長企業でありながら名証を選択し、25億800万円から40億円超への成長を目指す事例として紹介
東証側は上場時に100億円の時価総額を要求しているわけではありませんが、上場後5年以内に100億円に満たなければ上場廃止の可能性がある旨を示しています。スタートアップにとって、ある程度の時価総額が見込めなければ東証グロースへ挑戦しにくいようですが、ASNOVAのようにスモールIPOでも成功モデルになり得るケースはあります。このため、名証は「機関投資家が投資しにくいスモールIPOを支えるために個人投資家のファンを作り、共に時価総額100億を目指すという方針」をとっているそうです。
Point 3:個人投資家向けIR活動「名証IRエキスポ」
・30年の歴史を持つ日本最大級の個人投資家向けIRイベントで、今年は東京、大阪、福井でも開催
・年間1万人の個人投資家が来場し、参加企業の個人株主数が約1.5倍(53.3%増)に増加
「名証は上場企業と個人投資家のマッチングに、非常に力を入れています」と山田氏は語ります。両者を直接結ぶイベントを30年連続で実施しており、今年は計135社が出展しました。2日間で約1万人の個人投資家が各ブースを回り、面談や説明を受ける形でIR活動が行われます。「名証IRエキスポ」後、参加企業の個人株主数は大幅に増加するなど、非常に高い獲得効果が示されています。
Point 4:上場プロセスと判断基準
・時価総額3億円から上場可能(ネクスト市場)
・上場準備の最終段階で東証から名証への変更が可能
佐々木氏からの「上場の基準額やタイミング、準備について知りたい」との質問に対し、山田氏は次のように回答しました。「ネクスト市場での上場だと時価総額が3億程度から可能です。これはスタートアップの段階から見ればプレシリーズA相当の評価です。上場を検討する基準としては、売上・利益規模、事業の成長性や将来性、資金調達の必要性、経営陣の準備状況、ガバナンス体制の整備などを踏まえ、総合的に評価してタイミングを決めるべきです」。また、「上場準備は概ねマイナス3〜4年から始めますが、マイナス1〜2年の段階でも東証から別市場へ切り替えることが可能です」。東証グロースを目指すこと自体に問題はありませんが、「準備段階で決め打ちせず、最終的に適切な市場を選ぶべきです」と指摘しました。
まとめ
名証は地域的な偏りがなく名古屋外からの上場が多数を占めており、規模の小さいIPOが多いものの、着実に企業価値を高める実績を持っています。山田氏は「上場後に海外や国内の機関投資家から大口資金を調達して成長を目指すなら東証が有利ですが、まずは上場して個人投資家のファンを増やし、そこで成長のギアを入れていくという戦略でも当社は十分にパイプを提供できます」と結びました。
最後に佐々木氏からは、「名証は“顔が見える証券取引所”と評され、親身に相談に乗ってくれます。事業売却や上場を検討する際には気軽に相談窓口にアクセスし、具体的な状況や希望を率直に伝えて、個別の助言や手続きを一緒に詰めていくことをお勧めします」とアドバイスがありました。
■バリューアップセッション
株式会社Nefront:空間情報管理システム「IndooAR」を開発
この日最初の登壇者は、株式会社Nefront代表取締役CEOの今村翔太氏です。
事業概要と挑戦:
2021年に設立された株式会社Nefrontは、ICTスタートアップリーグには3年連続の参加となります。建物の情報管理をコア事業とし、分散した情報をAIで統合して可視化し、画像解析で建物内の位置を特定して案内する技術を開発しています。現在はその空間情報管理システム「IndooAR(インドアー)」を基盤に、設備点検やビルのデベロッパーの業務効率化を図るプラットフォームへと拡張しています。
「IndooAR」から派生したもう一つの取り組みが、AI図面管理システム「Filefront(ファイルフロント)」です。建物の規模により数百〜数万単位にも上るすべての図面の情報をAIで解析し、建物ごとに分類して必要なものだけ素早く抽出できるようにチューニングしたプラットフォームです。大林組の現場で実運用しながらフィードバックを得て改良を重ねつつ、他の大手ゼネコンへの導入準備も進められています。
最終的にはスマートグラス普及時代が到来した時に、現在の技術を生かして世界的なニーズを満たすプラットフォームを実現することが目標です。現時点での課題としては、ブートストラップでの運営による資金不足の深刻化や、スタートアップリーグからの追加支援を活用した人材確保、既存システムベンダーとのパートナーシップの構築、海外展開戦略の具体化の検討などが挙げられています。
有識者からの金言:
オンライン参加の運営会合メンバーである奥田浩美氏(株式会社ウィズグループ代表取締役)は、Nefrontが多様な要望に対して「これもあります、あれも出せます」と応じられる高い技術力を持ち、“技術のデパート“のような状態になっている点を高く評価しました。その一方で、「なぜその事業を世界に広げたいのか?」という明確な目的や一言で語れるビジョンが欠けていると指摘。「それが定まれば会社の印象が統一され、エンジニアの志向や資金調達にも好影響を与えるでしょう」とエールを送りました。
運営会合長の福田氏は、長期的な目標であるスマートグラスによる空間情報の提供は、視覚障がい者にとっても飛躍的な利便性向上をもたらし得ると説明しました。そのためには空間の情報をあらかじめデジタル化してプリセットで組み込む「HOW」(どのようにして)の仕組みが重要であり、「例えば視覚障がい者がスマートグラスをかけるだけで、健常者と同じように空間情報を認識して歩けるようになる」など、技術の普及がバリアフリーな世界の実現につながると示唆。「そうした世界を実現するには、ビジョンを社会に提示するプレゼン テーションやクラウドファンディングで初期サービスを展開し、事前に支援者を集めて共同出資的な基盤を作るのが有効であり、目指すべき方向です」と提案しました。
選考評価委員の川西哲也氏は、技術的な優位性について「既存の屋内測位技術と比較して何が凄いのか」と質問。今村氏が「ビーコン等の機器設置が不要で、端末のカメラだけで位置特定ができる点」を挙げると、川西氏はその技術的なメリットと精度の高さに納得感を示しました。また、ビジネスの進め方について「しっかりした顧客を持ち、現場でリアルな課題に向き合っていることは非常に尊い」と称賛。その上で、「プレゼンテーションでは最初に『何のためにやるのか』という大きな絵(ビジョン)を見せ、その一例として現在の実績を伝えると、より伝わりやすくなる」と、ビジョンと実績の構成バランスについて助言しました。
同じく選考評価委員の牧野友衛氏(Tools for Humanity 日本代表)は、「AIで画像認識が多く実現されているが、画像認識だけではできない機能や課題にどのようなものがあるか?」と質問しました。これに対し今村氏は、「建物内のどの場所にいるかや、類似図などの関連ドキュメントは取得しやすい一方で、実際にその場で利用者が困っている具体的な状況を理解し、適切なコンテクストを与えて対応するには、端末だけでなくクラウドサーバーでの処理やデータ統合が必要です。そうした機能はクラウド基盤でないとうまく実現できないでしょう」と回答しました。
最後に福田氏は自身もサポートする形で、スマートグラスのコンセプトビデオを制作することを要望し、「現状でできる範囲で構わないので、一目で内容が伝わる短く明瞭な映像にすること」を約束してセッションを締めくくりました。
株式会社Vanishing Company:犬猫の輸血マッチングアプリ「Blut」を運用
続いて、株式会社Vanishing Company代表取締役の土岐沙也香氏が登壇しました。
事業概要と挑戦:
2022年に福岡市で創業し、獣医療業界の血液不足を解決するマッチングアプリ「Blut」の研究・開発に取り組んでいます。日本の動物病院約1万軒のうち、輸血の対応が可能な病院はほとんどありません。これは血液製剤の販売禁止、技術・法律面で血液の保存が困難なこと、動物福祉の観点から供血犬・猫の飼育ができなくなっていることが主な原因です。その結果、助けられる命が助けられない状況が発生しています。
「Blut」は血液を必要とする病院と事前に登録されたドナーを自動マッチングするサービスです。病院側は犬or猫、血液型、必要量(50ml単位で最大400ml)、希望日時を入力します。それらを基に血液型の一致、必要量を抜ける体重条件、病院に通える圏内にいるかを判定し、出動可能なドナーのみを絞り込んで派遣します。現在200頭のドナーが登録されており、福岡県内で輸血成功の実績があるほか、東京都内の大学病院との契約にも至っています。
メインの収益は動物病院からの月額利用料ですが、ドナー登録時に行う詳細な検査費用はVanishing Companyが負担するため、飼い主は実質無料でサービスを利用可能です。その他、検査時の余剰血液と検査データを必要とする企業への販売による収益や、ドナーになれない犬猫のサポーター登録料(生涯一回2万4000円)も設定されています。これらは、供血犬・猫として実際に命を助ける個体だけでなく、ドナーを支える存在の動物も含めて「すべての犬猫が誰かを助けるヒーロー」であるという、同社のビジョンに基づいています。
有識者からの金言:
福田氏は、まず収益面を含めたサービスの仕組みの改善を提案しました。「登録者同士が相互に支援を受けられる“お互い様登録”という形にした上で、ペット保険に登録料を組み込み、保険料を通じて会社に収益が入るようにするのはどうでしょうか。動物好きの著名人やメディアと連携して広く普及すれば一定の収益が得られ、上場に適した有望な銘柄になり得るでしょう」。
名証の山田氏はVanishing Companyが掲げているビジョンに共感しつつも、抽象的である点に着目しました。「スタートアップの方が幅広く投資家を募る際、救いたい対象と解決すべき課題を明確に定め、具体的な戦略を示して、ビジョンの説得力を高めることがすごく大事です」。例えば“本当に命を助けたければ登録しよう”といった、短く分かりやすい行動喚起を冒頭に置くと、伝わり方と印象が格段に良くなるとアドバイスしました。
九州出身の奥田氏は、福岡と東京の環境差から感じる、マッチング後の受け渡しや搬送に伴うコストなどの運用面の具体策が不明瞭な点に言及しました。地方ではドナーを車で連れて行けるなど物理的な移送手段がある一方、都心では難しいため、「ドクターカーのような特別な配慮やロジスティックを導入してもよいかと思います。犬猫や飼い主が丁寧に扱われることは金銭以上の価値があるので、送迎を含めたケアを制度やサービスに組み込み、飼い主を含めた関わる人々 をリスペクトする社会を目指すべきではないでしょうか」と助言しました。
運営会合の佐々木氏は、複数のステークホルダーをつなぐマッチングビジネスの場合、どの参加者を増やせば他が自然に増えるのかという成長のロジックを設計することが重要とし、「あるいはレシピエントとドナー、両方が相互に成長する仕組みを意図的に作ることを意識するかを見極める作業が鍵になるでしょう」と述べました。
最後に選考評価委員の灰田俊也氏(株式会社IACEトラベル取締役専務執行役員)からは、まずはマーケティングで知名度を上げる取り組みを行い、その上で幅広い応援者を募るべきとの提言がありました。「現在は犬猫の飼い主や動物病院、ドナーが主な関係者ですが、犬猫を飼っていない人や単に応援したい人も多いはずです。寄付に限らず情報発信やサポートメンバーとして関わる機会を設け、企業も含めた応援体制をつくることが重要です」と示唆しました。
■イベント総括
参加者の皆さんお待ちかねの交流会は、今回も大盛況となりました。会場内は熱気にあふれ、どなたも時間を惜しんで名刺交換や情報交換に勤しんでいました。
佐々木氏は本日のトークセッションについて、「多くの参加者が東証しか知らないと想定される中で、名証の役割や特徴を伝えたことで、次の成長機会につながる選択肢の広がりを共有できたと感じています」と評価しました。
名証の山田氏は、予想以上にたくさんの人たちが残って交流会に参加していることに驚いたと言います。そして、「オンラインも否定はしませんが、対面での名刺交換や会場の雰囲気から生まれる交流には非常に価値があります。私の周りにも大勢集まっていただいて、本当にありがたかったです」と感想を述べました。
Nefrontの今村氏は、今回のバリューアップセッションを振り返り、「これまでは自社の技術や機能といった『HOW』に偏って説明しがちで 、『WHY』やビジョンといった大きな絵をもっと強調する必要があると気づきました。プレゼンの構成を改善して、投資家や協業者の方々と目線を合わせやすくしたいと思います。今後は人員増強や資金調達のフェーズに入るため、重要なアピールポイントを整理して事業発展につなげていくつもりです」と力強く話してくれました。
Vanishing Companyの土岐氏は、「ビジネスモデルや法的な懸念点など、一番悩んでいる部分 を最初にピンポイントで指摘していただいたので、それ以降とても話しやすくなりました。次にやるべきことの道筋を立てることができ、解決の糸口も見つかりました」と話し、今回初めて参加したアカデミーで人脈づくりができたことも喜んでいました。
会の冒頭で福田氏から話があったように、スタートアップリーグもアカデミーも回を重ねるごとに活気を増し、参加者同士の交流もどんどん深まっています。この場で築かれたコミュニティーは必ず自社の成長、発展の一助になるでしょう。次回以降も、ぜひ現地参加者が増えることを期待したいです。