アカデミー
オープンイノベーションの本質&大企業との連携戦略とは?
〜示唆に富んだ「第3回スタートアップリーグアカデミー」をレポート〜

第3回スタートアップリーグアカデミー

10月8日、都内にて「第3回スタートアップリーグアカデミー」が開催されました。

事務局から本日の流れについて案内があった後、ICTスタートアップリーグの運営会合メンバーであり、オープンイノベーションを支援する株式会社eiicon代表取締役社長の中村亜由子氏が紹介されました。

株式会社eiicon代表取締役社長の中村亜由子氏

中村氏はセッションに先立ち、参加者に向けてオープンイノベーションの本質を 解説。オープンイノベーションを単なるアクセラレータープログラムと捉えるのは誤りであり「自社単独ではできない価値の創出 を社外のパートナーとフェアな関係で対等に連携しながら事業を生み出すための手段」であることを説明しました。

加えて、大企業との連携は営業協業や業務提携、出資など多様な形があることから、「採択者それぞれの状況やペースに応じて活用してほしい」と述べ「スタートアップが狙う大企業連携のコツを持ち帰ってもらいたい」という今回のテーマの意図が伝えられました。

■セッション「スタートアップとして狙う“巨人の肩の乗り方”」

第3回スタートアップリーグアカデミー

中村氏からマイクを引き継ぎ登壇したのは、株式会社eiiconのQuality of Open Innovation Officerである下薗徹氏。同氏はICTスタートアップリーグの選考評価委員を務めるほか、神奈川県のイノベーションエコシステム形成の活動やスポーツ庁でのスポーツオープンイノベーション支援等を通じて、大企業、中小中堅企業、スタートアップの連携支援等のプロジェクトにも関与。こうした経験から「大企業とスタートアップが協業する際に意図を持って進めるべきこと」について、3つのポイントに絞って講演を行いました。

Point 1:大企業に働きかけるタイミング・フェーズ

「スタートアップが大企業に対して適切なアプローチをしないと、コミュニケーションがうまくいかないリスクがある」と下薗氏。参加者の多くはシード~シリーズAの初期段階にあって、アイデアや技術はあるがプロダクト化が不十分なため、担当者レベルでは興味を持たれても、社内で意思決定や予算承認に至らないケースが多く、アイデア段階だけでの売り込みが上手くいきづらいという現実を示唆。「相手企業の組織内の力学や意思決定プロセスを想像しつつ、どのレイヤーに刺さる提案なのかを明確にすることが必要」と強調しました。

さらに「大企業のどの担当につなぐかを慎重に選ぶことも大切」とし、ドローンを用いたプラントの保守点検の提案例を紹介。「保守点検担当者は既定のやり方やルールに従う傾向が強いため、拒絶されるケースが多く、そもそも当該部署につながるためのネットワークも乏しいケースが多い」とし「『新規事業部門やアライアンス推進部門など、対外連携を担う部門の担当者を窓口にしながら新規事業開発を一緒に考えさせてほしい』といった共創的な姿勢で入りながら社内フックをつくり、保守点検の人員配置や運用面の課題を共に設計するような提案を行うことが成功のカギ」と続けました。

大企業との連携において重要なのは、相手のニーズを理解し、新規事業開発に貢献できる提案をすること。相手にメリットを与え、相手を勝たせつつ、最後に自分が勝つことの重要性を強調しました。

Point 2:「協業」が意味すること

一言で「協業」と言っても意味合いは複数あるとのこと。販売連携や機能連携のような既存の事業に接続するような単純な連携ケースの他に、事業を共に創り市場を拡張する「共同で事業を作る」タイプの形があり、このケースは単なるサービス提供や機能提供とは全く異なる作業だと言います。

協業相手は事業を生み出すプロセスに関わる人たちであるため、「単純な営業と同じ感覚で接すると噛み合わず、社内での反発や期待のずれを引き起こしやすいことを理解する必要がある」とも指摘しました。

Point 3:「実証実験止まり問題」

大企業との実証実験がうまくいかず、そこで終わってしまうケースがよく見られます。下薗氏はこれを乗り越える3つのコツとして「中長期ビジョンの共有」「現場と実証仮説の整合」「経営判断との一貫性」を提示しました。

中長期の目標を言語化せずお互いの目指す先を共有しないままでは、実証実験の結果が出ても次につながりません。実証実験は単に数値が「良い」「悪い」で終わらせず、そこで得られた示唆から次に検証すべきポイントを明確にし、2・3年目に何を検証するのかを示していく必要があると指摘。

重要なのは「実証実験の準備段階ではKPI(重要業績評価指標)だけを並べるのではなく、KGI(経営目標)と成功パターンを先に描くこと」とし、経営視点で「会社が中長期でどうありたいか」を起点に、どの指標や検証が必要かを逆算してKPIを設計すると、実証実験が経営判断につながりやすくなると述べました。

まとめ

全体を通してカギとなるのは「想像力」と「丁寧なコミュニケーション」です。大企業側の担当者がどのような立場で、社内でどのような評価や制約を受けるのかを想像して会話を組み立てることで、提案の受け止められ方は変わります。

「実証実験の成果を単発にせず、次の検証計画や経営的なインパクトに結びつけるための言葉と準備を整えておくことが、大企業との連携を成功に導くコツ」と下薗氏。

スタートアップが大企業と協業を目指す際は「フェーズに応じた働きかけ」「協業の種類の違いの理解」、そして「実証実験を次につなげるための中長期視点と経営整合性」の3点を意図的に整えること。これらを丁寧に行うことで事業化確度は高まると総括しました。

■バリューアップセッション

AironWorks株式会社:世界一のセキュリティソフトウェア企業を目指す

AironWorks株式会社:世界一のセキュリティソフトウェア企業を目指す

バリューアップセッションの1人目の登壇者は、AironWorks株式会社のCEO・寺田彼日氏です。

事業概要と挑戦:
寺田氏は2014年に“サイバーセキュリティスタートアップの聖地”であるイスラエルに渡り、「Aniwo」を創業。2021年にサイバーセキュリティ領域に特化したプラットフォームを開発、提供するAironWorks株式会社を設立しました。スタートアップリーグには2023年から3年続けて採択されています。AIエージェントを活用したセキュリティソリューションのユーザーは30万人以上、30社以上の販売パートナーと連携し、現在成長フェーズに入っています。来年からアジア太平洋地域への展開を計画しており、今後は世界ナンバーワンのセキュリティソフトウェア企業になることを目標としています。

課題①最適な資本業務提携先:
最適な販売パートナーを増やし、販売連携や資本参加を通じて成長を加速させることを計画している。しかし、当社の製品がターゲット企業の数%しか知られていないという認知度の低さが大きなネックに。20~30%まで高めるためにマーケティング活動に注力していきたい。

課題②総務省との連携強化:
国家安全保障のために総務省との連携を強化し、ガイドラインの策定や共助の仕組みを構築。国家のサイバーセキュリティ向上に貢献することを目指している。

課題③US/グローバル展開戦略:
欧米やイスラエルの競合企業と比較して成長速度が遅いという課題がある。世界ナンバーワンのためにはUS市場を攻略していくことが必要であり、そうした新しい市場の開拓ができるようなパートナーを求めている。

運営会合メンバー、選考評価委員からの提案:

運営会合メンバー、選考評価委員からの提案

AironWorksが掲げる市場やクライアントの拡大という課題に対して、サービスの内容や価格帯に幅を持たせて機動力を上げるという提案が相次ぎました。下薗氏は「例えば『メールのウイルスチェックだけします』みたいな、すごくライトなレベルから入って大きなネットワークにつなげるなど」とアドバイスしました。

また、「マーケティングに課題がある」というAironWorksに対して、中村氏はコストパフォーマンスが良く、少額で始められるウェブマーケティングの活用を推奨。さらに、新たな販売パートナーとのマッチングの形として、「社員が4、5人程度の小さな会社と資本業務提携をしてセールス部門を全面的に任せる」案を中村氏が提示しました。

福田氏は、既に自社のサービスを使って成果を出している企業やパートナーを作ることの重要性を強調。「利用実績を持つ企業が事例の紹介や推薦をしてくれることで、他社への説得力が格段に上がり、導入促進へと大きくつながる」と話し、「行政機関や大企業が入札の際に、自社のサービスが入っていることを条件化できれば、その基準に合致する事業者が数多く発生することも見込める」と導入促進の具体的な案を提示しました。

株式会社Bashow:車載アプリ市場の基盤システムを構築する

株式会社Bashow:車載アプリ市場の基盤システムを構築する

この日2人目のバリューアップセッション登壇者は、株式会社Bashowの代表取締役・程塚正史氏です。

事業概要と挑戦:
シンクタンクの日本総研で車・モビリティ領域の研究員を務めていた程塚氏が、2024年4月に株式会社Bashowを設立。地域トピックを案内する車載アプリの開発に取り組んでいます。独自のAIシステムが、一般公開されている情報から半自動的にトピックを作成。車で移動中のユーザーに、周辺の場所に関する短い音声案内を提供します。さらに利用者からのフィードバックを獲得し、場所・時間・状況に基づいたコンテンツ提供のタイミング判断機能の開発を進めています。

現在は一部地域で試験的にアプリを運用中で、11月から首都圏全体への広域運用を開始する予定。また、2025年度内にタイミング判断機能のMVP(最小実行可能製品)の開発を完了することを目標にしています。長期的な展望としては2027年後半以降、ビークルOSのミドルウェア、車載アプリの開発環境として自社システムを提供し、2030年代には車載アプリ市場で数千億円の価値を創出することを目指しています

運営会合メンバー、選考評価委員からの提案:

運営会合メンバー、選考評価委員からの提案

トヨタのオフィシャルチューナーである株式会社トムス代表取締役社長・谷本勲氏は、自動車メーカーの車に標準アプリとして入れるのがベストとしつつ、「それはいったん置いておいて、他の道を探るのが得策」と助言。自動車メーカーの標準装備にならずとも市場を作った商品群の例としてドライブレコーダーを挙げ、「サードパーティー製品として、後付けで入れたくなるような環境を作る。そして最終的には一番相性の良い自動車メーカーに採用してもらうという手順が良い」との見解でした。

スタートアップリーグ運営会合長の福田正氏も「まずはデファクトスタンダード(事実上の標準)を目指す戦略」を勧めるとともに、特定の自動車メーカーのCVCから支援を受けて共同開発する道筋も示唆しました。同時に福田氏からは「なぜ車載でなくてはいけないのか」との問いも。程塚氏が「タイミング判断のAIが最大の差別化要素」との回答に、福田氏は自身が立ち上げに関わったハイウェイウォーカー(NEXCO東日本管内のサービスエリア、パーキングエリアで配布されているフリーペーパー)を例に挙げて、スマホアプリでの活用方法という道もあるのではないかと投げかけました。

また、早稲田大学理工学術院基幹理工学部電子物理システム学科教授・川西哲也氏からは車載アプリは「いつ頃普及する想定なのか」との質問が上がり、程塚氏は「すでに中国や欧州では始まっている。実質L3以上の自動運転がより一般化する2030年頃にはさらに」と回答。すると、株式会社IACEトラベル取締役専務執行役員・灰⽥俊也氏も「自動運転ができるまで待つのか、やれることをスマホアプリとして高めていくのか」と事業の方向性について言及しました。

下薗氏は「機能だけでなく体験価値を示すことで、自動車メーカー側の導入意欲を高める必要がある」と述べ、本社側との協議でトラクションや交渉力をどう作るかが鍵になると指摘。そのために車に固執せず、車外や別領域から着手する戦略も有効だと助言しました。

中村氏はユーザーの痛み(ペイン)への対策と、楽しみ(エンターテインメント)の領域での新しいアプローチを両立させることが重要であると指摘。「痛みの部分では、多言語に対応した道路標識や首都高の工事・安全情報などがあれば外国人ドライバーの利便性向上につながり、楽しみでいうと推し活や聖地巡礼に関連したイベントやサービスは、ファンの集客を通じて新たなビジネスチャンスが生まれることも考えられます」と示唆しました。

■イベント総括
アカデミーの最後は恒例の交流会がスタート。採択者同士、または採択者と支援者の間で積極的に名刺交換やコミュニケーションを取りました。

運営会合メンバー、選考評価委員からの提案

AironWorks株式会社の寺田氏は、今回のバリューアップセッションを「我々の事業の価値を上げていくための新しい発想をいただけたことがすごく良かった」と評価。続けて「セキュリティというややニッチな領域でビジネスをやっていく上で、皆様により分かりやすく、より広く受け入れていただけるような打ち出し方やマーケティングを、さらに強化していかなければいけないと実感しました」と引き締まった表情で答えてくれました。

株式会社Bashowの程塚氏は「好きなことをしゃべらせていただいて、皆さんからも好きなようにコメントをいただけたのは今後の話のネタになりそうで非常に面白かったです」との感想を聞かせてくれました。

アカデミーに出席した中村氏は「支援側が非常に豪華だった」と、運営会合メンバー・選考評価委員の顔ぶれに注目。一般的なリーグやアクセラレーションのイベントの支援者はVC(ベンチャーキャピタル)の方が多いため、「今ある市場でどれくらいのシェアを取るのかという話になりがち」だと言います。しかし「今日登壇された2社は、いずれも“まだない市場” に挑戦する会社でした。普通は挑戦する市場が悪いと一蹴されかねないところを、『どうやって市場を作るか』『いかにデファクトスタンダードになるか』という話に発展させていたのが、このリーグの特色だと感じました」との印象を述べてくれました。

ジャンルもフェーズも異なるスタートアップの集まりだからこそ、採択者も支援者もさまざまな角度から物事を考えられるというICTスタートアップリーグならではの良さが、今回も十二分に生かされたアカデミーとなりました。

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